マスクのこと。



最近、こんな張り紙をしました。


「当店はマスクなし入店が可能です」


「とくにお子さんのマスクは外してあげてください」


少し前から、InstagramやTwitterのプロフィール欄にも同じことを記しています。


まだまだ、入店時にマスク着用をお願いしているお店のほうが多数ですよね。


そんななか、こんなアピールをするのは、わたし自身が「マスク入店」に文字通り「息苦しさ」を感じているからです。


マスクが果たして、新型コロナの感染を防いでくれるのでしょうか。


だとしたら、なかなか減らない感染者数はなんなのでしょうか。


マスク着用義務を撤廃した国も出てきています。


そんななか、日本はいまだにマスクを外せないのはなぜなのでしょうか。


そもそも、マスクを外す・外さないは、どこかの誰かに決めてもらうことなのでしょうか。


マスクを外すことで人目が気になるって、あるいは、人目が気になるから外せないって、どういうことなのでしょうか。


わたしの頭の中は疑問だらけです。


自分の頭で考えようとすると、そして心の声に従おうとすると、どうしてもわたしはマスクを着け「なければいけない」なんて気持ちにはなれません。


それでも、「マスク着用のお願い」を掲示されているスーパーや百貨店、個人店、それに公共交通機関では、ひたすら「事を荒立たせない」ためだけに、マスクを付けています。


ぜんぜん心の声に従えていません。


(あるいは、これはこれで「無用な争いの種を撒きたくない」という心の声に従っているといえましょうか。いえ、屁理屈ですね)


だったら、せめて自分の店だけは、その心の声に従おうと。


それでアピールしています。


事実、このような発信をすると、「マスクなし」に共感してしてくださる方から歓迎されます。


この人たちも、おそらく、ご自身の心の声に従って生きている人とお見受けします。


だから、そういうお客さまに来てもらえると、わたしはすごく嬉しいのです。


まだまだうんと少数派の「マスクしない」派。


わたしは、この店の存在でその人たちを勇気づけることができていると感じるし、わたしも、その人たちに勇気をもらっています。


何が良い・悪いはない。


心の声に従っているだけ。


「マスク着用のお願い」をしているお店の人たちも、それぞれの心の声に従っているだけ。


コロナを恐れるか


それとも


マスクで自然な呼吸を妨げられることを恐れるか


それぞれが考えた上で、その天秤の傾き方が違うだけだと思っています。


あとは、恐怖を煽ろうとするメディアにどれだけ影響を受けているか、かな?


大人は、こういう風に自分で考えて、判断して、行動できるからまだいいです。


わたしがもっとも心配するのは子どもたちです。


大人がしていれば、子どもは外せない。


運動しているときでさえ。


外で一人でいるときでさえ。


だって、ほとんどの大人が、外で一人でいるときでもマスクしてますからね…。


考え始めると、いろいろ疑問は尽きません。


コロナが怖いというより、濃厚接触者になると自粛生活を送らないといけないのがいやだ


という声も聞かれます。


その自粛期間は誰がどういう理由で設定したのか。


一度決めたら未来永劫見直すことはできないのか。


あるいは、おかしいと思うなら、見直させるよう働きかけはできないのか。


マスクと同じで、「誰かが決めたことだから」と従うだけしかできないのか。


(どこかの校則みたいだ…)


コロナはまだ、そんなに恐れなきゃいけない感染症なのか。


コロナはなんでもない、と思える人が増えれば、自粛や隔離はなくせるのではないか。


コロナを恐れれば恐れるほど、他の大切なことがないがしろにされていく、そちらのほうが恐ろしいとわたしは思います。


あなたはどう考えますか?

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